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筆者エッセイ

おじいさんの時計が止まる時

 おじいさんと共に時を刻んできた時計は、おじいさんが天に召された時、その動きを止める・・・。「時計が止まる」つまり「時が止まる」。人が亡くなる時には、その持ち物であった時計も自然に止まる、と信じられているのである。
 
 王室御用の時計職人ヴァリアミー氏のメモによれば、1820年1月28日、夜11時15分前、イギリスの貴族院の時計が止まった。ちょうどその時刻にジョージ3世が息を引き取られた。
 イギリス、ラットランドシア州ノーマントンパークにある時計は、ウィリアム4世の持ち物で、かつて上院に置かれ、おつきの時計職人が時間を合わせ、ゼンマイを巻いていた。にもかかわらず、陛下が亡くなられる時に止まり、今もそのままであるという。
 17世紀、ハンプトンコートで、レディアン(ジェイムズ1世の妻)が亡くなった時、時計が止まった。それ以来、その宮殿に長く住んでいる人物が亡くなる際には、時計が必ず止まるという。
 
 もちろん、これらは機械仕掛けの時計。機械仕掛けの時計が作られたのは13世紀というが、一般に普及したのはだいたい16世紀以降だから、長い歴史の中でいえば、比較的新しいジンクスといえる。
 

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 祖母はかつて「じいさまが亡くなった時、本当に時計が止まった」と証言した。じいさま、私にとって曽々祖父。じいさまが亡くなったのは世の中が明治から大正へと移り変わる頃。つまり、今にしてみれば、もう100年ぐらい前の話になるわけ。
 「本当に? まさか〜。ウソでしょ?作り話? 本当なの?」と聞く私に、祖母はこのように説明した。
 「今日か明日か、とみんなが気をもんでいたら、気がつかない間にじいさまが息を引き取ったことがわかって、みんな大慌て。そんな中、誰かが、「時計が止まっている!」って。そう、本当に止まっていたの、だって、振り子がまったく揺れていない、ピタッと止まっていたもの。で、それがじいさまが亡くなった時間に違いない、というわけになって。」
 
 上記の話が本当だとすると、可能性としては以下が考えられるかと思う。
 祖母の実家にあった時計は、昔の柱時計。ねじ巻き必要。それも1日おきに巻く必要あり。朝起きると、時計のねじ巻きをしていたというじいさま。じいさまが寝込み、時計のねじ巻きをすることができなくなり、家族の誰かが気づいた時に巻くようになる。そして、じいさまの危篤というような中で、家族が時計のねじ巻きを忘れていたのではないか、と考えられるわけである。
 
 あるいは、こういう可能性も考えられる。
 振り子時計は、振り子の動きが止まると止まってしまう。時計を傾けると、振り子は止まる。地震などの振動でも止まってしまうことがある。昔の家屋では、柱時計は、玄関に置いてあることが多かった。息をひきとった後、「じいさまが!」と、気がついたみんなが、慌てて廊下をバタバタ走る。近所の親戚に知らせに走る必要もあるだろう。バタバタと玄関を出入りし、木造家屋だから、床も柱も揺れる。その振動のせいで、時計の振り子が止まったのではないだろうか。
 
 
 チクタク、チクタク・・・。時計が時を刻む音。時を刻む、という言葉は、時計の歯車の動きから生まれた言葉なのだろう。となると、クォーツでは刻むにはならない。この場合、時を発信する・・・になるのかな。といっても、時を発信するクォーツもまた、心臓の鼓動や命を連想させるモチーフには違いない。
 
 占星術では、誕生時の星はネイタル(宿命)、つまり持って生まれた運命の資質を示す。運命の資質は、トランジット(運行)の中で様々に育っていく。つまり、運命には時が必要。時計の秒音は、あたかもトランジット(運行)の巡りが順調に刻まれることを約束してくれる安心の音、私にはそう感じられる時があるのだ。
 「なんかうまくいかない」、「滞っているような閉塞感」を感じたら、秒針の音に耳を傾けてごらんなさい。その規則正しい音の中でら瞑想すれば、時の力を信じることができる、そんな気持ちがきっと蘇ってくるはずですから。

秋月さやか


参考文献:
「あんてぃーく 特集古時計の世界」 読売新聞社
「英語 迷信・俗信事典」 I・オウピー、M・ティタム著 大修館書店
写真:素材辞典

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