筆者エッセイ
レンジでチン!歴史秘話
秋の夜長、ちょっと暖かいココアやスープが飲みたくなってきませんか?そんな時には「レンジでチン!」。
今から60年以上前。1945年頃、アメリカでパーシー・スペンサーなる人物がマイクロ波レンジ(microwave oven)の特許を取得。スペンサー氏は、レーダー技術の研究をしていた時に、たまたまマイクロ波が物を暖めることを発見したという。
人類史上、最初にマイクロ波によって加熱された食品はポップコーン。2番目に加熱された食品は卵で、これは当然のことながら大爆発。
そして世界最初のマイクロ波レンジは、アメリカのレイセオン社が業務用に作成、冷凍品の解凍に使われた。
その後、マイクロ波レンジを家電化しようという研究が日本でもなされ、電磁波を用いて開発。電子レンジは日本での命名である。(電磁波で水分子を動かして加熱するので、本当は電磁レンジか、分子レンジのほうが適当だと私は思ったのだが・・・。)
かつて私の父は、電子レンジの開発研究チームのメンバーだった。今からもう40年ぐらい前のこと、ある日、父がオーブンのような物体を持ち帰ってきて、それをキッチンのコンセントに繋いだ。それは電気オーブンにしか見えなかった。
しかし父は言う。「熱源じゃないんだ、これは。」そして「お菓子作れるか?」と私に聞く。私がホットケーキMIXの箱を出すと、「あ〜、それでいいや。それ、フライパンで焼く前の状態にして、皿に流して、ここに入れてみろ。」言われるとおりに、私はホットケーキMIXを混ぜた。
「フライパンじゃダメだ。金属はダメ。皿に入れろ。陶器はOK。」父は、オーブンの扉を開けて皿を置き、扉を閉めて、タイマーのダイヤルを回し、スイッチを押した。ジ〜〜〜〜〜〜〜・チン!
「チンって音が鳴ったら、扉を開けてもいいんだ。」と父は言う。電子レンジの調理が終り(電磁波発生終了)、もう扉を開けても大丈夫、安全。という合図のために「チン!」という音を出す構造だったのだ。
さて、取り出した皿の上のホットケーキミックスは、半分がところどころ膨らみ、半分はほとんど生。ホットケーキと呼べるような代物ではなかったが、「まあ、こんなもんなんだ、今はまだ。」と父は平気だった。
これが、私と電子レンジとの最初の出会いだった。それはまだ発売前のモニター製品で、モニター番号8というラベルが付いていたと記憶している。レイセオン社との交渉が難航する中、国内のメーカー3社が競って新技術開発に取りくんでいる時期だったのだ。
マイクロ波って何?電磁波って何?と聞いた私に、父は「軍事産業の恩恵」と言いながら、電波について書いてある物理の本をくれた。自分で読んで考えろ、と。しかし、まだ子供だった私にはさすがに難しかった。
人類は火を、その後電気を、そしてついには電波をエネルギーに用いるようになった。つまりこれは、大きなエネルギー革命なのだ、と。
とにかく、庫内の電波が均一にならないと、暖めにムラが出てしまう、そこが一番の問題だった。ターンテーブルを庫内に入れて食材を回す方法と、庫内にファンを付けて中の電波を攪拌する方法と、2つの方法があると、父は言った。ターンテーブル方式は、上に重い皿や食材が乗った時のことを考えるとモーターに技術が必要なんだそうだ。それに比べ、ファン方式は、モーターが小さくて済むので安く作れるのではないか、という案が出ていたという。
(これはもちろん、当時の企業秘密。つまり、父の所属していた開発チームは、ファン方式に賭けていたのだ。しかしその後、ターンテーブルが人気になったことで、ボツになったらしい。)
「まあ、他のものも作ってみろよ。プリンとか。」などと父は言ったが、「あ、丸のままの卵はダメだ。あれは爆発するから。」と卵の禁止を忘れなかった。 (しかしいまだに、卵を電子レンジに入れてみたがる人がたくさんいるらしく、困ったことです。一般家庭では危ないのでやめましょう!)
発売当時の電子レンジは、そんなに便利という感じはなく、おもに新幹線の食堂車や飛行機で採用されていたらしい。
父は言った。「そのうち、冷凍品が出回るようになる。もうアメリカはそうだ。スーパーマーケットには缶詰と冷凍品。冷凍品を大量に買っておいて、オーブンの中にぶち込んで焼くんだけど、日本ではそういう料理方法はないだろう。電子レンジで解凍してから調理すれば、安全でもっと便利なんだ。」と。そして「大型冷蔵庫とセットにすれば、家事が楽になる。」とも。冷凍品といっても、それは食材で、冷蔵庫→電子レンジ→オーブン(火による加熱)という調理を想定していたのである。
私の父の専門は本来、電波ではない。なのに家電の開発チームに加わった。それには、私の母が体が弱く、なおかつ家事が嫌いだったことも関係していたのかも知れないと思う。
さて、初期の家庭用電子レンジは、電磁波漏れがあるのではないかなどと騒がれ、敬遠される風潮もあった。業務用では扉に穴はなく中が見えなかったが、調理の様子が見えるようにということで、金属の扉に穴をあけたのだ。電磁波の波長を考えると、このぐらいの穴でも漏れはないはず!と父は言っていたが。いつの間にか扉は耐熱ガラスに替わった。
そしてあれから40年近くたち、「電子レンジでチン!」は、誰もが知っている言葉になったけれど・・・最近の電子レンジは、チン!って言わないそうですね。
写真は1960年代アメリカNY州のマーケット風景
今から60年以上前。1945年頃、アメリカでパーシー・スペンサーなる人物がマイクロ波レンジ(microwave oven)の特許を取得。スペンサー氏は、レーダー技術の研究をしていた時に、たまたまマイクロ波が物を暖めることを発見したという。
人類史上、最初にマイクロ波によって加熱された食品はポップコーン。2番目に加熱された食品は卵で、これは当然のことながら大爆発。
そして世界最初のマイクロ波レンジは、アメリカのレイセオン社が業務用に作成、冷凍品の解凍に使われた。
その後、マイクロ波レンジを家電化しようという研究が日本でもなされ、電磁波を用いて開発。電子レンジは日本での命名である。(電磁波で水分子を動かして加熱するので、本当は電磁レンジか、分子レンジのほうが適当だと私は思ったのだが・・・。)
かつて私の父は、電子レンジの開発研究チームのメンバーだった。今からもう40年ぐらい前のこと、ある日、父がオーブンのような物体を持ち帰ってきて、それをキッチンのコンセントに繋いだ。それは電気オーブンにしか見えなかった。
しかし父は言う。「熱源じゃないんだ、これは。」そして「お菓子作れるか?」と私に聞く。私がホットケーキMIXの箱を出すと、「あ〜、それでいいや。それ、フライパンで焼く前の状態にして、皿に流して、ここに入れてみろ。」言われるとおりに、私はホットケーキMIXを混ぜた。
「フライパンじゃダメだ。金属はダメ。皿に入れろ。陶器はOK。」父は、オーブンの扉を開けて皿を置き、扉を閉めて、タイマーのダイヤルを回し、スイッチを押した。ジ〜〜〜〜〜〜〜・チン!
「チンって音が鳴ったら、扉を開けてもいいんだ。」と父は言う。電子レンジの調理が終り(電磁波発生終了)、もう扉を開けても大丈夫、安全。という合図のために「チン!」という音を出す構造だったのだ。
さて、取り出した皿の上のホットケーキミックスは、半分がところどころ膨らみ、半分はほとんど生。ホットケーキと呼べるような代物ではなかったが、「まあ、こんなもんなんだ、今はまだ。」と父は平気だった。
これが、私と電子レンジとの最初の出会いだった。それはまだ発売前のモニター製品で、モニター番号8というラベルが付いていたと記憶している。レイセオン社との交渉が難航する中、国内のメーカー3社が競って新技術開発に取りくんでいる時期だったのだ。
マイクロ波って何?電磁波って何?と聞いた私に、父は「軍事産業の恩恵」と言いながら、電波について書いてある物理の本をくれた。自分で読んで考えろ、と。しかし、まだ子供だった私にはさすがに難しかった。
人類は火を、その後電気を、そしてついには電波をエネルギーに用いるようになった。つまりこれは、大きなエネルギー革命なのだ、と。
とにかく、庫内の電波が均一にならないと、暖めにムラが出てしまう、そこが一番の問題だった。ターンテーブルを庫内に入れて食材を回す方法と、庫内にファンを付けて中の電波を攪拌する方法と、2つの方法があると、父は言った。ターンテーブル方式は、上に重い皿や食材が乗った時のことを考えるとモーターに技術が必要なんだそうだ。それに比べ、ファン方式は、モーターが小さくて済むので安く作れるのではないか、という案が出ていたという。
(これはもちろん、当時の企業秘密。つまり、父の所属していた開発チームは、ファン方式に賭けていたのだ。しかしその後、ターンテーブルが人気になったことで、ボツになったらしい。)
「まあ、他のものも作ってみろよ。プリンとか。」などと父は言ったが、「あ、丸のままの卵はダメだ。あれは爆発するから。」と卵の禁止を忘れなかった。 (しかしいまだに、卵を電子レンジに入れてみたがる人がたくさんいるらしく、困ったことです。一般家庭では危ないのでやめましょう!)
発売当時の電子レンジは、そんなに便利という感じはなく、おもに新幹線の食堂車や飛行機で採用されていたらしい。
父は言った。「そのうち、冷凍品が出回るようになる。もうアメリカはそうだ。スーパーマーケットには缶詰と冷凍品。冷凍品を大量に買っておいて、オーブンの中にぶち込んで焼くんだけど、日本ではそういう料理方法はないだろう。電子レンジで解凍してから調理すれば、安全でもっと便利なんだ。」と。そして「大型冷蔵庫とセットにすれば、家事が楽になる。」とも。冷凍品といっても、それは食材で、冷蔵庫→電子レンジ→オーブン(火による加熱)という調理を想定していたのである。
私の父の専門は本来、電波ではない。なのに家電の開発チームに加わった。それには、私の母が体が弱く、なおかつ家事が嫌いだったことも関係していたのかも知れないと思う。
さて、初期の家庭用電子レンジは、電磁波漏れがあるのではないかなどと騒がれ、敬遠される風潮もあった。業務用では扉に穴はなく中が見えなかったが、調理の様子が見えるようにということで、金属の扉に穴をあけたのだ。電磁波の波長を考えると、このぐらいの穴でも漏れはないはず!と父は言っていたが。いつの間にか扉は耐熱ガラスに替わった。
そしてあれから40年近くたち、「電子レンジでチン!」は、誰もが知っている言葉になったけれど・・・最近の電子レンジは、チン!って言わないそうですね。
秋月さやか
写真は1960年代アメリカNY州のマーケット風景
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