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筆者エッセイ

「主人」という呼び名

 先日、昔の大河ドラマをビデオレンタルで観ました。その中で北条政子が源頼朝に「あなた…」と呼びかけるシーンを発見。「う…まあ、ホームドラマだからしかたないか」とは思いますが、たぶんあの時代は自分の夫に「あなた」と呼びかけることはありえなかったでしょう。呼びかけるとしたら、「殿」。一方、頼朝はというと政子に「御台」と呼びかけるのが普通だったでしょう。「殿」は、男性の名前に対しての敬称。今で言えば「ナントカ氏」。Mister。一方、女性の名前につけられる敬称は、既婚女性であれば「ナントカ夫人」。Mistress。
 
 夫は「ご主人様」、妻は「奥様」という呼び方をされることが今でも普通ですが、「主人」は、一家の代表者という立場に対しての呼び名。社会構造上、男が社会的な役職に就いて家の地位を確保している時代は、その家の代表者だから「主人」。隠居しちゃえば「ご隠居様」という立場に変わります。居候していれば「ご主人様」ではありません。もちろん、女性であっても社会的な役職を持っていれば、役職名があります。たとえば江戸城大奥のナントカの局。一方、妻は家の中(台所)を束ね、家事一切を取り仕切るから御台所。略して御台。家中(奥)を取り仕切るという意味で奥様。こちらも、まったく役職名のようなもの。
 
 近所で喫茶店を営んでおられるご夫婦がいるのですが、旦那の呼び名は「マスター」。「ちょっと〜、マスター、牛乳買って来て〜」「コーヒーカップ片付けてよ、マスター」。マスターは、何年か前に村議会の選挙に立候補、当選されたのですが、知り合いはあいかわらずマスターと呼んでいます。「マスター、村議会、頑張ってね」。社長、先生、マスター、ご主人。結局、いずれも役職名のようなもの。
 
 ところで、役所などに提出する書類を書いていると、「ここにご主人のお名前を書いてください」などと言われることがあります。「それは夫という意味?世帯主という意味?どっち?」と私は必ず聞き返します。(うるさい住民、と思われていることでしょうが、夫イコール世帯主という構造がデフォルトだって、決めてかからないで欲しい、と思います。)
 
 あるリゾートホテルのロビーでのこと。そこは、たまにしか取れない休日の行き先として我が家の馴染みの常宿で、私は朝起きると、必ずロビーにコーヒーを飲みにいきます。ロビーは禁煙なので、夫はコーヒーカップを手にロビーの外に出て喫煙。たまたまその日は天気のよい日で、ぼーっと外を眺め、ふと気づくと夫がロビーの外にいない様子。どこへ行ったのか、カードキーを持っていない状態で迷子にでもなっているとまずいと思い、外へ探しにいきました。途中で、顔見知りのホテルの従業員さんと遭遇。「あ、ご主人様をお探しですか?あちらにおられましたよ」と。「あ、はあ、夫ね。」と答える私。(私は、自分の夫を主人とは呼びません。)
 夫を発見後、ロビーに戻って、コーヒーをもう1杯追加して飲んでいましたら、そこに、やってきたご婦人がフロントでこう言っています。「ねえ、主人みなかった?」「ご主人様でございますか?さあ…。」たしかに初めて訪れた人にとっては、ちょっと迷路のような構造の建物なのです。
 そのご婦人は「どこいったのかしらねえ、困ったわねえ、主人、主人、主人〜」と言いながら、廊下の向こうへ。私、思わず噴出しました。その語調。「主人」という言葉を「ポチ」を言い換えたとしてもすんなりと馴染んでしまいます。なるほど、この「主人」は、男尊女卑とは無縁です。
 
 知人に、絶対に日本人の男とは結婚しない!と言い切った女性(外国籍)がいました。原因は、この「主人」という言葉だそうです。私の友人(男)とつきあっていた彼女は、結局、別れました。あの彼女に、「主人(ポチ)、主人(ポチ)、主人(ポチ)〜」を聞かせてあげたかったな、と思いました。「主人」という言葉が問題なのではなく、日本は、人前で妻を呼び捨てにしてもOK、一方、夫にはさん付け、という構造が一般的に容認されていることに問題があるのでしょう。
 
 たしかに「お宅のご主人様」と呼びかけられたとしても、「うちのご主人様」などと外に向かって言う妻はいません。家の中で夫に「お帰りなさいませ、ご主人様」と言って三つ指ついている妻なぞ…たぶんいないでしょう。それは秋葉原とTVの時代ドラマの中だけでしょうか。
 
 知人(台湾国籍の女性)で、日本人男性と結婚した彼女は、夫を「旦那さん」と呼んでいました。「旦那さん、おなかすいた、ゴハン食べに行こうよ」と、まあ、そんな感じ。彼女にとっての「旦那さん」は、My Darling。現代の日本人女性は自分の夫を「旦那さん」とは呼ばないよ、と、私は彼女に教えました。「じゃあ、旦那さま?」と聞かれて、「それは前時代的な呼び方。」「じゃあご主人様?」「メイヨー、それは絶対ない(笑)。」「だってTVで、そう言ってた・・・」と、まあ、こんな会話が交わされました。そのご夫婦の場合、彼女は夫を「旦那さん」と(人前でも2人きりの時でも同様に)呼び、彼女の夫は、彼女の名前にちゃん付け(こちらも、人前でも2人きりの時も同様に)です。うん、これならいいと思います。
 
 さて、やはりそのリゾートホテルでの光景でしたが、年配のご婦人がチェックイン。フロント「恐れ入ります、宿泊者名簿にはご主人のお名前もお書きください。」ご婦人「ううん、違うの。主人じゃないの。オトモダチなんだけどね。オトモダチ。」
 なるほど、後からゴルフバッグや旅行鞄をカートに載せてやってきた年配の紳士、ご主人ではなく、彼なんですね。つまり熟年の恋人カップル。さすがにオトモダチはちょっと不自然なので「主人ではなく、彼なのよ。」でいいような気もしますが。まあ、だいたい、フロントはそんなこと、気にしていませんよ。カップルの男性側をご主人と言っているだけなんですから。
 
 そう、いまや「主人」は、夫婦の男側を呼ぶ言葉に過ぎません。「主人」のほかにも「旦那」「亭主」「婿殿」。夫婦の女側は「奥様」。「内儀(おかみ)」「お嫁さん」。
 ところで私、プライベートで外を歩いている時に、本名を呼ばれることも、ペンネーム(秋月)を呼ばれることもあまりありません。奥様、とも言われないなあ。ではなんと呼ばれるか?数年前まで「ラッキーくんのママ」でした。ラッキーは、我が家の愛犬の名前です。

秋月さやか
( 2009/06 )

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